スイカごっこ

スイカとしてゴロゴロ転がる会

ハマり編7話「ロマンス」

「何をする気なの、サリー!?」

 

スイカが聞くのにも答えず、サリーはぶうん、と鍋を振った。 

鍋を振る

ハマったとは言ってもぎちぎちに鍋に詰まっていたわけではなく、スイカはあっさり鍋から解放された。

解放されたはいいが、鍋から飛びだした勢いで壁に向かって飛びつづけた。

 

「あ、わり」

サリーが謝ったが、スイカは壁にぶつかった。

ぶつかって、ぽよんとバウンドした。

その後、床に着地した。

てん、てんてん。

 

「おかしくね? ぶつかったときの音、おかしくね?」

「壁を壊してはいけないと思いまして」

「それは……お気づかいどうも」

 

壁が壊れなかったのはいいが、なぜスイカが割れないのだろう。

なぜ、やわらかくバウンドするのだろう。

なぜ、ぽよんという音がするのだろう。

 

目の前の光景が不条理すぎて、サリーは空腹を一瞬忘れた。

が、忘れたのは一瞬だけだった。そのまま鍋に材料をぶちこみ、その鍋を調理器にかけた。調理用タイマーのメニュー画面で、調理時間とカテゴリを選ぶ。あとはこのタイマーが調理器と連動して調理を自動で進めてくれる。

 

サリーが調理の準備をしているあいだ、スイカはゴロゴロ転がって、元いた場所、リビングのイスの上に戻った。日記を書くためだ。

「ハッ、サリーさん! これは……!」

「お、なんだ? どうした」

調理の準備を終えたサリーは、スイカの驚きの原因が日記帳の画面にあると見てとり、その場で端末EVYで日記のサイトを確かめた。 

ロシュのアイコン

 

画面には、ロシュのアイコンが表示されていた。クイスが先ほど、おそらく勝手に登録したロシュの顏写真のアイコンだ。

 

日記のサイトとは言っても、日記を書くだけでなくメッセージのやり取りもできる。

そして今、クイスのポエムこと日記へ、ロシュからのメッセージが届いたことを画面が知らせていた。

 

「ロシュさん……どこかから見ていたのですね、クイスさんの日記を」

「どこにいるんだろな……」

「位置情報というのは何ですか? それを使ってロシュさんを探せないのですか?」

日記帳の画面に表示されている『位置情報』について、スイカがサリーに尋ねた。

 

「衛星からの電波で、そいつがその星のどこにいるのかを測定する機能だな。でも本人が位置オフにしてると表示できねえからな。ロシュはあまりクイスに居場所を知られたくないのかなあ。俺にもその辺はよくわからんのだけど」

 

ロシュのメッセージは、動画だった。

ロシュの後ろには、暗い洞窟のような場所が映っていた。

暗い洞窟とロシュ

動画内のロシュが口を開く。

「クイちゃん、久しぶり。僕は相変わらず、掘ってるよ」

その後、黙った。

 

ガシャン、ガシャン、ガシャン。

機械の音だけがサリーハウスのリビングに響いた。

リビングに音のみが響く

 

たまりかねてなのか、画面のこちらのスイカが口を開いた。

 

「人間というのは、みなさんこういった感じなのですか? ロシュさんはヒト型ロボットなんですよね?」

人間の多くは太陽系にとどまっていた。太陽系から離れた星では、人間の姿を見たことがないものも多い。スイカもその1人……いや、ヒトではないのだが、one of themだった。

 

スイカが聞いているのは、動画内のロシュの様子だろう。動画内で、ロシュは薄暗い洞窟の中、突っ立っていた。上半身だけが映った画面では、ロシュは動いていなかった。音だけがしている。

 

ピー、ガシャン、ガシャン、ガコン、ガコン。

 

「いや違うだろ。俺も人間見たことねえけど、これロシュが仕事しながら自撮りカメラで動画撮ってるからこんな感じなんじゃねえかな。ソリウォラを採掘してるんだと思う」

 

この辺境の星は、ソリッドなウォーターこと、水を生成できる鉱石『ソリウォラ』が豊富だった。ロシュは自営業鉱石掘りとしてこの星にやってきていた。

動画内のロシュはガシャガシャガコンガコン音を立てながら、暗い洞窟でたたずんでいた。

 

「アームを付けかえて掘ってるはずなんだよな。真っ暗だからどうやって掘ってるのかよく見えねえけど。腕だけが動いてるから、動画だと動いてないように見えるんじゃねえかな。つうか、暗いな。画質悪すぎ」

暗いところでもハッキリクッキリ映せるカメラは一般に普及していたが、ロシュには搭載されていないのか、画質はこれ以上ないくらいに荒かった。

 

動画はそこで終わった。

「え、終わり?」

サリーは思わず端末に向かって聞いた。

ロシュがひたすら鉱石を掘っているらしい音しか入っていなかった。いや、挨拶をしていた。挨拶と石を掘る音くらいしか情報がなかった。

 

「暗号でも入っていたのでしょうか、掘る音が実は何かのサインになっているとか」

スイカが己の推理を披露した。

「恋人に暗号を……なくはないような気がしないでもない。なにしろ相手クイスだしなあ」

相手がクイスだとなぜ暗号を使いそうな気がするのかはよくわからないが、なんとなくクイスなら恋のためにやりかねん、そんな気がする、というサリーの勝手な想像だった。

 

「よくわからんなあ……あ、料理できた」

調理が終了し、調理タイマーがお知らせのにおいを出していた。何と形容していいのかわからない、サリーの鼻を突き刺すような、お知らせのにおいだ。たとえ鼻が詰まっていても、サリーにはこの手のにおいだけはわかった。

 

サリーはイヌではないと本人、いやヒトでもないのだが、まあ本人は主張しているが、イヌの特性は少しだけ残っていて、あまり視覚に頼って生活していなかった。サリーと同じように、鼻が目よりもいい生物はほかにも存在しているため、鼻用タイマーが一般的に売られていた。サリーも鼻タイマーの愛用者だった。

 

スイカはタイマーのにおいには気づいていない様子で、また日記帳に向かっていた。

「今度こそ私の日記を書きますよ……!」

気合い十分といった感じでつぶやいた、そのときだった。

 

日記の画面にクイスのアイコンが大きく表示された。

「! 今度はクイスさんが!」

「んえ?」

サリーは料理を食べながら、もぐもぐ問い返した。端末を見ると、確かにクイスのアイコンが何かを主張している。クイスのほうは文字のメッセージだった。

 

『ありがとうロシュ

俺のためにリソース割いてくれて

バッテリー切れが怖いからもう返事はいいよ

返ってきてくれるの待ってるね』 

クイスのアイコン

  

「ロシュさんはバッテリーで動いているのですか。その残量を気にしていて、ああいった動画になったということなんですかね」

「あ~……そうか……。今までロシュが掘ってるとこなんて見たことなかったんで気づかんかった。あれ、電池残量を気にして照明もつけずに動かずに掘ってたのか。省エネモードだったのか」

サリーはそこで端末を操作をして、続けて言った。

「ロシュの動画のタイトル、『My log』になってるな。あれがロシュの今日の日記ってことか」

 

日記のアイコンに自分の画像が使われたことで、ロボットのセキュリティ管理を担う団体から、衛星経由でロシュに連絡が入った。掘りつつも、日記のサイトの存在を知ったロシュは、省エネモードで、それでも文字よりバッテリーを食うであろう動画を撮った。勝手にアイコンと名前を使われはしたものの、参加する意思をクイスに見せた。

 

暗号はなかった。

動画を撮ってメッセージとしてみずから送ってきてくれたこと自体がメッセージになっていた。

「ということなのかなあ」

「なるほど……そのような意味だったのですね……」

「まあ、俺の想像。ロシュがセキュリティ会社と契約してるかどうか知らねえけど。ロボット勢はだいたい契約してるから、そうかなと思って」

 

「そうでしたか……。これでクイスさんも落ちついて今夜は眠れそうですかね」

「どうだろなあ~。ロシュが帰ってきてないことには変わりねえしな~」

もぐもぐサリーが言い返した。

「それもそうですね。まあ、今日のところは。クイスさんたちの『ろまんす』は、今日のところ一件落着ということで、私も自分の日記を書かねば」

そこにクイスのアイコンがまた大きく表示された。

 

ロシュ 

ハートクイス

ハートがたくさん飛んでいた。好きなだけハート型のエフェクトを画面内で飛ばせる日記サイトの機能だ。これは誰かに対するメッセージではなく、単なるひとりごとだろう。

 

「動画見て恋しさが募ったのだろうか」

食事を終えたサリーが微妙な面持ちで画面を眺めながら言った。

「む、むむ。気のせいでしょうか」

「何が」

「いえ……。私は日記をですね……」

そこにクイスのアイコンがまた表示された。

 

『ロシュやっぱりかっこいいなぁ

ロシュだいすき』 

暴走するハート

 

「何かに火がついた……のか」

「気のせいでしょうか、これではわたくし、日記が書けない気がします」

「あー。通知を切ればいいよ。設定メニュー呼びだして」

「はい、では設定をば……」

そこにクイスのアイコンがまた表示された。

 

『スイカ、ありがとう

公開日誌に俺を誘ってくれて

なんかもう眠れない

どうしよう』

 

「『いいえどういたしまして』と返すにはどうしたらよいでしょうか」

「『眠ってください』って返さないといけない気もするな……。落ち着けクイス……。え~と返信、返信」

サリーは返信を送った。

 

『落ち着け、寝ろ!』

 

スイカも送った。

 

『いいえ、どういたしまして』

 

返事はなかった。

 

スイカとサリーはああでもないこうでもないと日記サイトの設定をいじったりしつつクイスの返事を待ったが、数時間待ってもクイスのアイコンはうんともすんとも言わなかった。

「……なんだ? 機嫌損ねたか? 寝たのか? 何だったんだ??」

「むむぅ、やりますね、クイスさん……!」

「いや別に戦ってるわけじゃないんだけど……まあ、大丈夫なのかなあ」

 

ふと気づくと、時計は12時を回っていた。

「ああっ!! またしてもこんな時間です! 私たちも寝なくては! 今日も日記を書けませんでした……!」

時間切れ

時間切れだった。

「はええな……。つうかオマエ、こういうハマりもあるんだな。物理じゃないほうのハマりも」

「何のことでしょうか、わたくしサッパリわかりませぬ」

まあそうなのか。わざとやっている気がしていたが、わざとではなかったのか。サリーはよりいっそうわけがわからなくなりつつ、寝る準備をし始めた。

 

(ハマり編8話につづく)