スイカごっこ

スイカとしてゴロゴロ転がる会

ハマり編5話「格子」

がきいいいいいいいいん……!

 

硬い音がした。金属とまではいかないが、硬いものと硬いものがぶつかり合った音だ。

ぶつかり合ったものは、クイスのくちばしとスイカだった。

 

クチバシで救出

 

その音とともに、スイカは巨大ナットの逆側から飛び出した。脱出だ。

 

ただいま

 

サリーが買いだしから戻った。

中庭にとまっているクイスの移動用マシンHAXXA(ハッシャ)が運転席から見えた。ガレージから家の中に入る前に、とりあえず辺りに向かって呼びかけてみた。

「ただいま~っと、クイス、来てるのか?」

 

「あ、サリー。俺いるよ、ぐすっ」

屋上から顔だけを見せたクイスは泣いていた。

(なんで泣いてるんだ?)

一瞬、怪訝な顔をしたサリーだったが、すぐに頭を振った。

(いや……遠いからな。地面から屋上、遠いから見間違えたのかもしれんな)

サリーはそう思いこもうとした。

 

屋上に上がったままになったリフトを地上から呼び戻すこともできたが、サリーは買いだしから戻ったばかりだった。まず家の中に入り、買ってきたものを収納した。それからクイスとスイカと自分の分の飲み物を持って、サリーは家の中を通って屋上に出ることにした。

 

屋上につながる部屋にはリフトがなく、足場を階段状に設置したものが壁から突き出ているのみだった。そんなことになっている理由は、リフトが上がった時に扉が閉まっていると、リフトと扉のあいだに挟まれそうだというサリーの恐怖心からだった。扉は音声で開くが、声が出せない時に挟まれたらどうするんだ、という果てなき恐怖にさいなまれ、今日も不安定な体勢になりながら階段を登るサリーだった。

 

「オープン」

きいいいぃ。

 

サリーの声に反応し、家の中と屋上をつなぐ扉が、音を立てて横にスライドした。

(音がするな……ネジが緩んででもいるのか?)

思わず扉を見たサリーだったが、両手と片方の脇に飲み物のビンを持っていた。

(あとで扉の具合を見るか……忘れなきゃいいけど)

サリーはその場を離れ、クイスに近づいた。

 

サリーの見間違いではなかった。クイスは泣いていた。

「……おーい、スイカ、飲み物いる?」

「ありがとうございます、ですがわたくし今ノリノリで掃除中ですので、またのちほど!」

 

モップスイカ

 

そう言い残すと、体全体に古布を巻きつけたスイカは、またプールの中を縦横無尽に転がり始めた。

ゴロゴロゴロゴロ! ゴロゴロゴロゴロ!

 

「あれはクイスがやったのか?」

スイカが身につけている、モップのような布のことを指さしながら、サリーは尋ねた。

「ああ、ぐすっ」

 

なぜ泣いているのか聞かなければいけないのだろうか。それとも聞かないのがマナーなのだろうか。それよりも黙ってハンカチを出すべきなのだろうか。口説いているように見えないだろうか。要らぬ心配がサリーの頭をよぎった。

 

「泣くなよ」

いや、何だこのセリフは。言ってからサリーは後悔した。後悔した結果、黙って飲み物を手渡した。

「うん……ありがとう、優しいね、サリー」

「……」

「……」

スイカが転がるときの景気づけのオラオラ声が近くから聞こえている……はずだったが、サリーにはやけに遠くから聞こえるように感じられた。

 

妙な雰囲気と、無関係なモップスイカ

 

「何この流れ?」

サリーは耐えきれずに尋ねた。

「サリーが俺を口説いてるのかなと思って適当に合わせてみた、ぐすっ」

「いや口説いてない」

今のは君が悪い、いやオマエのほうが何かがおかしかった、いやいやそれを言うならむしろ君が、という不毛な争いが始まった。

 

「そもそも『泣くなよ』って何だよサリー、ぐすっ、そんなこと言われて泣きやむようなら最初から泣いてないし、そんな言葉、特に優しくもない、ぐすっ」

「いやクイスだろ、優しいとか何とかぬかしたのは」

妙な雰囲気の責任のなすりつけあいはしばらく続いた。それがひと段落つくと、サリーはようやく尋ねた。

 

「なんでいきなり泣いてんだよ。アレか? アイツがまだ戻らないとか? 何だっけ名前、鉱山掘る仕事してるアイツ」

「ロシュ」

「そうロシュ」

「ロシュはまだ戻ってこないけど、その件じゃないよ。俺が心から悲しんでるのはあのスイカだ、いやスイカじゃないあんなの」

クイスは吐き捨てるように言った。そのあまりの語気の鋭さに、サリーはクイスの顔を見返した。

 

「スイカが何かしたか? アイツ、ノリでしゃべってるから、そんなに深く考えなくても」

「アイツはスイカじゃない」

「いいと……え?」

「あんなのスイカじゃない! 俺の大好きなスイカじゃない!」

「お、俺の大好きな?」

どこに向かっているのだ、この話は。サリーはなんだかとても不安になった。

 

「アイツがナットにハマったんだよ。で、俺は出そうと思って。アイツが助けてくれって言うし」

泣きやみはしたが、まだ少し混乱気味にクイスは語り始めた。

「ああ、いつものアレか……」

「いつもの?」

「こっちの話。ナットって俺が廃品置き場に置いといたやつか? 何でそんなとこに……いや、それもいつものやつか……」

「で、スイカに見えたんでまあ、割れてもいいかなってことで、俺がクチバシでつついて出したんだよ」

「割れてもいいかなって?」

サリーは驚いた。何を言っているのだろう。

 

「俺、スイカ大好きなんだよ」

「はあ」

「最悪、割れたとしても、みんなでおいしくいただけばいいかなって」

「う、うーん」

そうなのだろうか。そう言われれば、そういうものな気もする。

 

「昨日来たのもさあ、まあ廃品引き取ってもらうのもあったけどさ、スイカが降ってきたって日記に書いてたでしょ、サリー」

「あ、ああ」

そういえば書いていた。1行だけ。

「いつ食べるんだろうって」

「食べねえよ?」

食べるなんて一言も言ってねえよ俺、と付けたしたサリーの言葉が届かないかのようにクイスは続けた。

 

「もう俺ワクワクしちゃってさあ、いつ食べるんだろうって、深夜に廃品届けに行っちゃって、あ、しまった、サリーもう寝てるかなって」

「いや寝てはいなかったけど……。寝てたとしても音で起きてたけどな、オマエが機械置いた時の音でな。音デカかったからな相当」

 

ワクワククイス

 

「んで今日ここ来てさあ、当のスイカがしゃべって動いてるし、ナットから出すためにクチバシでつついても割れないくらい硬いし、あれは何なの? スイカじゃないよね? 俺の知ってる、俺が大好きなスイカじゃないよね?」

「アレが何かって言われてもなあ。スイカに見えるとしか」

サリーはスイカのほうをチラリと見ようとした。

スイカはいなかった。

 

「あれ? スイカは?」

スイカがいない

 

「サリーさぁん、クイスさぁん」

やや遠くからスイカの声がした。

「助けてくださぁい」

サリーとクイスは顔を見合わせた。

「どこにいるんだ?」

「スイカが! スイカがどこかに!」

クイスは取り乱した。

 

「おい、見つけても食わねえし、たぶん食えねえぞ。お前のクチバシでも割れないんじゃ、もうどうやっても無理だぞ、食うのは」

「そんな!」

またクイスは泣き始めた。食べられないスイカを探さなくてはいけない。いや、探さなくても構わない気もするが、スイカの行方がわからないのも気になる。

 

「食べられないのになんでこんなに気になるんだ!」

「それが恋だからだ」

サリーは適当に言い放った。スイカの声がした方向をどうやって特定しようかと考え、気づいた。

においを追ったほうが早いのか。

しかしスイカのにおいってどんなだったっけ、俺、実はここんとこずっと鼻詰まってるんだよな、などとサリーは思案に暮れた。

一方、クイスは混乱していた。

「そんな……恋って……俺にはロシュというハニーがいるというのに……」

 

ふらりと踏み出したクイスの足が何かを察知した。

開いた扉だった。

サリーが屋上に出た時に、開けっぱなしにした扉だった。

 

「お……落ちるとこだった」

「どんくせーなクイス」

「これ開けっぱなしにしたのサリーだろ、危ないなもう」

サリーが答えようとしたとき、声がした。スイカの声だ。

 

「サリーさぁん、クイスさぁん」

 今度は、やや近くで聞こえた。

「この下か?」

サリーとクイスは扉をのぞきこんだ。

 

のぞきこむとそこには…

 

そこはサリーハウスの深淵、開かずの間……では特にないのだが、すすんで人に見せるわけでもないのでサリー以外は結局誰も見たことがなかった部屋だった。

「格子……?」

「おう」

その部屋には大小さまざまな格子が収納されていた。

 

「いつも思うんだけどさ、サリー。いつもどこでこの格子を調達してるの? というか格子好きすぎじゃね……」

「いやあ、仕入れ過ぎちゃって」

「どこで仕入れてるんだよ……」

「謎の格子商人ですね!」

ばーん

 

尻が何か言った。

 

「尻が何か言った」

サリーは思わずつぶやいた。思わずつぶやくほど尻だった。

「やだなあ、私はスイカですよ、尻なんかどこにあるというのです」

「いや……尻としか」

クイスもつぶやいた。

 

大小さまざまな格子のうちの一つに、スイカはハマっていた。 

 

プールをオラオラ掃除しているうちに、勢いでプールを飛び出してしまったスイカに、サリーもクイスも気づかなかった。妙な雰囲気になったり宇宙一どうでもいい小競り合いをしていたため、気づけなかった。プールを飛び出したものの、屋上からは落ちずに何とか踏みとどまったスイカだったが、モップのせいで前が見えず、開いていた扉に落ちた。そして開かずの間の格子にハマった。……ということのようだ。サリーはそう見当をつけた。

 

「どうやってハマったんだ、器用すぎだろ、スイカ……」

クイスが感嘆した。

「こいつはそういうやつなんだ」

サリーはため息とともに言った。

「まったく前が見えません。闇です」

スイカの、現在の状況に対する感想はそれだけだった。

サリーは開かずの間の階段を下りた。

 

(ハマり編6話につづく)