スイカごっこ

スイカとしてゴロゴロ転がる会

ハマり編2話

「……ま、いいけど」

サリーは死んだような目でつぶやき、屋上から地上に降りるため、リフトに乗った。

「すみません、どうも」

エヘヘ、と笑いながら、スイカもリフトに飛びのった。

 

結局、プールに水が満たされることはなかった。その前に待ちきれなくなったスイカが自力で飛び出したからだ。

 

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「出られるんならさっさと出りゃいいだろ、あーもう、水が無駄に…」 

「プールとして使えませんかね」

「あんな中途半端な水の溜まり具合でか? つうか、プール掃除してない……」

「じゃあプール掃除しましょう」

「この寒空にかよ……」

 

サリーは空を見上げた。晴れてはいるが、風が冷たい。

この辺境の星の端っこの村には、冬と夏、そして乾季と雨季があった。乾季と雨季というものは、太陽系の惑星、特に地球では熱帯や亜熱帯の地域に多い。しかし、この星では、冬と夏があり年間の温度差が大きいこの地域にも存在していた。

冬が終わったら乾季がやって来る。夏はその後だ。サリーのスプリンクラーとプールの出番はまだ遠い。

 

リフトが地上に到着した。 

「じゃあな」

リフトから降り、後ろについてきていたスイカに言葉を投げ、サリーは建物の玄関へとスタスタ歩き始めた。

「わたくしスイカ」

ドアのほうに手を伸ばしたサリーの背中に、スイカの声が追いつく。

 

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「行くところがございません」

ドアの脇についた光るパネルに手を伸ばしたまま、サリーは振り返った。

先ほど急に自力で動けるようになったスイカは、リフトから降りるとゴロゴロ転がりながら移動してサリーに追いつき、ビヨンビヨンと跳ねながら何かをアピールしている。

 

「だから何だよ」

よく見ると、スイカは薄汚れていた。スプリンクラーの水に濡れた後にゴロゴロその辺を転がっていたのだから、当然といえば当然だ。

 

「動けるようになったわたくし、プールの掃除くらいはできましょう」

「どうやって? ブラシとか持てないよな?」

心の底から困惑してサリーは問い返した。

「そこは念力で何とか」

「何だよ念力って」

「さいこきねしすですよ、スイカがしゃべって動けるとなったら次は超能力ですよ」

「そうなのか?」

そう言われればそうなのかもしれない。何しろスイカがしゃべって動いてるのだから。よくわからない説得力にサリーは圧倒された。具体的には、スイカを家に入れた。

 

「えーと……デッキブラシ、デッキブラシ」

サリーはつぶやきながら、ガチャリと音を立てて腰に巻いたベルトをリビングの床におろした。屋上で何かが壊れていた時のためにと持ちだした工具セットが入っている。

それから掃除道具を探すため、リビングの脇にある小さな物置部屋をひっかきまわし始めた。スイカは、リビングでサリーのその様子を見ながら、ゴロゴロ前に回転したり後ろに回転したりしていた。

 

「今日はもう遅いから、泊まっていって明日掃除しろよ」

と、スイカは言った。

 

「何だよそりゃ」

「私が今言ってほしい言葉です」

「オマエスイカだろ、家なんてなくてもその辺で寝りゃいいだろ」

「ひどい」

「えっ」

暇つぶしに回転しすぎてさらに薄汚れたスイカはグラリ、と前のめりに傾き、そのまま停止した。見ようによっては、うなだれているようにも見える。

 

「あー……悪い、ちょっと言葉が悪かったか?」

「……」

スイカは停止したまま何も言わない。リビングの床の辺りをじっと眺めている。

サリーは掃除道具をやっと探し当て、黙って玄関わきへ置きにいった。

がこん。

床に置いた拍子に、バケツに入ったデッキブラシが音を立てた。

それからサリーはスイカのいるリビングに戻った。

 

「いや、スイカだから下に見てるとかじゃなくて……」

「何ですかこれは!」

スイカは突然姿勢を戻すと、サリーに向かって大声を出した。

「はい?」

「1行じゃないですか!」

 

スイカがさっきまで見ていた場所にはサリーの日記帳が落ちていた。工具ベルトに収納していたメモ帳兼日記帳が、ベルトを床におろしたときにすべり出たようだ。

 

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「人の日記を勝手に読むな!」

 

ばちこーん!

 

「ってぇ……」

スイカにツッコミを入れたはいいが自分の手が痛くなったサリーは、ばかばかしくなって、いい香りのする茶色い飲み物を淹れ始めた。

 

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「石頭でごめんちゃい」

「石頭なのか……頭なのか」

「それは何ですか?」

「カフィンだよ。コーヒーって飲み物の簡易版」

コーヒー豆を育てる環境が整っていない星向けの粉末飲料だった。香りはとても良いが成分は水とほぼ同じという、ある意味奇跡の飲料だった。

 

「オマエも飲むか? あ、飲み物飲めるのかオマエ?」

「飲めますが、温かいものはちょっと」

「飲めないのか?」

「飲めないわけではありませんが、わたくしホットスイカになってしまいますので」

ホットスイカとは何だろう、そしてオマエの体はいったいどういう構造になっているんだ、という言葉をカフィンとともに飲み下し、サリーは言った。

 

「まあ、いいけどよ。悪かったな、困ってるとこを日記に書いて宇宙ネットに上げたりして」

「ネットに」

「あ、この日記帳、ネットにつながってるから」

 

1000年ほど前、西暦2000年代の地球でよくあったブログだと言えばわかりやすいだろうか。いや、どちらかと言えばSNSだろうか。

 

「このペンで文字を書けば、そのままネットに上げられる」

「それでサリーさんのお母上が表紙に文字を書いたのですね……そしてその日記帳をいまだに大事に持っていると……」

「いや本当に消し忘れてただけ」

 

母親につきまとい、今日あった出来事を逐一報告をするのが子供時代のサリーの仕事だった。サリーには同じ年、同じ時期に生まれたきょうだいが7頭いた。しかし、ほかのどのきょうだいも、子供のころのサリーほど母親をうんざりさせはしなかった。サリーはほかのきょうだいの誰よりも、おしゃべりだった。

 

「だからオカンに言う代わりに、ここに今日あったことを書けって」

「それでサリーの日記帳なのですね」

いい話かと思ったら、そうでもなかった。サリーの母親の省エネ話だった。いい/悪いという二元論で語る問題ではない気がした。

 

「まあ昔の話。表紙データのロックってどうやって外すんだっけ……」

「そのままでいいじゃないですか」

自分がきっかけで母親直筆の文字がなくなるのは、何となく面倒だと思ったスイカは慌てて言った。

「そうか? まあいいけど……日記というより公開日誌だよなこれ」

「公開……日誌!」

 

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「では私も書いていいですか?」

「へ? なんで?」

「書いてみたいです」

「変なやつだな……自分のアカ取ればいいだろ」

「ちょっとだけ」

「まあいいけど。ほれ」

 

日記に書きこむためのペンを、サリーは放り投げた。ペンはスイカにぶつかり床に転がる……寸前で宙に浮いた。

 

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「おおっ! 本当に超能力発動した!」

 

ごくり……とサリーはつばを飲む。

が。そのままスイカは後ろに転がった。

「あれっ、なんで転がってる……っておい」 

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ゴロゴロゴロゴロ

 

超能力を初めて発動したスイカは、勢い余ってなのか後ろに転がった。

そのままリビングから転がり出て、サリーが玄関脇に置いたデッキブラシとバケツにぶつかった。スイカがぶつかったバケツは、その勢いで倒れ、デッキブラシがバケツから飛び出して床に落ちた。スイカは空になったバケツにハマり、ハマったまま回転した。

 

ごずん、がこん。

 

スイカがハマったバケツも回転したが、スイカはバケツから抜けなかった。そしてスイカバケツは玄関のドア横の壁にぶつかり止まった。

 

ずごん……。

  

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サリーは嫌な予感がした。

 

「まさか抜けないわけじゃないよな?」

「ふひゅひゅふひゅう」

スイカは謎の吐息で返事をした。

 

「また尻か」

思わずつぶやくほど尻だった。

1日に2度もスイカの尻を見ることになろうとは。いや、だからスイカの尻って何なんだ。サリーはブツブツつぶやいた。

 

「もうそこで一晩寝たらどうだ」

スイカの今晩の宿が決まった。バケツだ。

「そんなこと言わずに助けてくださいよぉ、サリーさぁん」

こもった声でスイカが何か言っている。

 

またか……。バケツにぴったりハマったスイカを救出するにはどうしたらよいのか。

サリーはスイカの尻を見ながら考えた。

 

(ハマり編第3話に続く)